情報・電気・数理系技術班(電気電子工学科) 笠田 洋文
kasada@ele.tottori-u.ac.jp


※「工学部技術部報告 第一集」に執筆した内容をhtmlに書き直してみました。印刷は白黒でしたが、こちらは色付きです!

1.EPMAとは
 加速した電子線を物質に照射(電子線による励起)すると図1に示すような幾つかの反応があらわれます。これらのうちEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)は、特性X線のスペクトルに注目して、電子線が照射されている微小領域(おおよそ1μm3)に於ける構成元素の検出及び同定と、各構成元素の比率(濃度)を分析する装置であり、固体の試料をほぼ非破壊で分析することが可能です。
  注) EPMAは分析機器としての名称以外にElectron Probe Micro Analysisの略として、分析手法の名称としても使われます。

 EPMAは一測定点当たりの分析領域が微小であることが特徴ですが、コンピュータによる制御や測定データ処理が進歩したことにより、単純な元素の定性分析・定量分析以外にもカラーマップと呼ばれる面分析など、分析や評価を支援する多彩な機能が盛り込まれるようになりました。さらに、基本的な構成はSEM(Scanning Electron Microscope)と同じであるため、SEMとしての機能を併用することもできることから、固体の複合分析ツールとして多方面に活用されています。(ただし、EPMAに特化した装置の場合、試料ステージに傾斜角度調整(tilt)や回転(rotation)の機構が省かれている場合があり、その際にはSEMとしての試料観察に幾つかの制約を受けることもある。)
 ここではEPMAについてあまり馴染みのない方の為に、基本的な仕組みを説明するとともに、簡単な分析例を示して、どのような分析が可能なのか紹介します。

2.特性X線
 特性X線は各元素の原子核を取り巻く内殻電子の遷移によって発生するX線で、元素に固有な幾つかの波長(エネルギー)としてあらわれます。
 加速されて大きな運動エネルギーを持った電子が元素の内殻電子を弾き出した場合、電子がいなくなったエネルギー準位に上の準位の電子が移ってくる(図3参照)。このように電子などが、あるエネルギー準位から別のエネルギー準位に移ることを遷移と呼んでいますが、この際、遷移した準位間に相当するエネルギーと同じ波長の電磁波が放出されます。 (電磁波ではなくオージェ電子が放出される場合もある。)
 内殻電子の遷移によって放出される電磁波のエネルギーはX線の波長域にあり、原子を構成している内殻電子はそれぞれ固有のエネルギー準位を持つことから、そのスペクトルは元素固有のX線スペクトル構造を持つことになります。これが特性X線です。
 前述の通り、特性X線の波長は元素固有の波長を示すことから、物質を加速電子などにより励起してやり、それによって発生する特性X線を調べればその物質がどのような元素で構成されているのかを知ることができます。
 各元素の特性X線は現在までに理論的、実験的に遷移するエネルギー順位と波長が詳しく調べられており、元素ごとにK系列やL系列として特定されています(図4参照)。

 現在のEPMAでは、各元素がもつ特性X線の情報をコンピュータがデータベースとして保持しており、測定によって得られたX線スペクトルと比較することによって、自動的に元素の同定が行われるようになっています。

3.X線スペクトルの測定(WDS,EDS)
 EPMAは特性X線の波長と強度の情報を含むスペクトルを測定することによって分析を行うのですが、その測定には二種類の全く異なる仕組みのX線分光器が利用されています。
 この二種類のX線分光器のうち、一つは波長分散型の分光器でWDS(Wavelength Dispersive X-ray Spectrometer)と呼ばれる方式のX線分光器です。これはブラッグ(Bragg)の回折条件によってX線を波長ごとに異なる角度に回折させるタイプの分光器であり、X線の回折には分光結晶と呼ばれる単結晶が用いられています。分光結晶は分光するX線の波長範囲に合わせて格子定数の異なる数種類のものが利用されます。また、X線の検出器には比例計数管が用いられています。
 WDSの場合、試料の励起位置と分光結晶、さらにX線検出器が特定の幾何光学的配置を精密に保つ機構を有し、機械的な掃引駆動によってX線スペクトルを測定します。
 もう一方はエネルギー分散型の分光器で、EDS(Energy Dispersive X-ray Spectrometer)と呼ばれるタイプのX線分光器です。EDSは液体窒素で冷却したLiドープのSi半導体に試料からの特性X線が入射する構造になっており、入射したX線のエネルギーによって電子と正孔が半導体中に発生すします。半導体には電界が印可されており、電子正孔対の発生は電気パルスとして検出されます。この電気パルスの数がX線強度に比例し、大きさはX線のエネルギーに比例することから、電気パルスを信号処理することによってスペクトルに変換します。このため、EDSには機械的駆動部の必要がありません。図5は、それぞれの分光器を備えたEPMAの断面模式図です。

 各分光器には性能上の大きな特徴があります。WDSの場合、X線の波長分解能は高いのですが、測定に必要な電子ビーム電流はEDSより二桁程度大きな量が必要であり、電子線照射によるダメージを受けやすい試料の場合には注意が必要となります。一方EDSはX線の検出感度が高いことからSEM観察程度の比較的少ない電子ビーム電流で分析可能ですが、X線波長の分解能はWDSより一桁以上悪くなります。このように、分光器のタイプによって一長一短があり、それぞれの特性に応じた使い方が必要となります。いくつかの性能比較の目安を表1にまとめてみました。

4.EPMAによる定性分析、定量分析
4.1 定性分析
 定性分析とは、分析対象の試料がどのような元素によって構成されているのかを調べる操作です。  EPMAによる定性分析では、加速電圧・ビーム電流が一定の電子線を試料に照射し、発生した特性X線のスペクトルを測定します。測定を終わったスペクトルはコンピュータによりピーク位置(波長及びエネルギーに相当)の検出が行われ、検出したピーク位置とデータベースに記録されている既知特性X線データとの照合が行われます。照合の結果、複数のピーク位置(特性X線エネルギー)が一致する元素を試料に存在する元素として同定します。これら一連の動作はコンピュータが自動的に処理します。
4.2 定量分析
 定量分析は試料を構成している各元素が、どの程度の割合(濃度)で含まれているのかを知るための分析操作です。 EPMAによる定量分析は元素濃度の明らかな標準試料の特性X線強度と、未知試料の特性X線強度とを比較することによって実現しています。
 基本的には、測定対象となる元素ごとに濃度の異なる複数の標準試料を準備し、それぞれの濃度に於ける特性X線強度を測定して基準値とします。この基準値と未知試料から得られる同じ種類の特性X線強度との比較によって、未知試料の濃度を求めることができます。この分析方法を検量線法と呼び、最も確実で精度の高い定量分析法とされています。しかし、この場合には未知試料組成に近く、表面状態が同じである複数の標準試料が必要であり、任意の元素を定量分析する際には標準試料の準備が困難となります。
 この不便さを解消するために、現在ではZAFと呼ばれる補正法を用いた定量分析が広く行われています。これにより、各元素に一つずつの標準試料があれば比較的精度の高い定量分析が可能となりました。ZAFとは原子番号効果Z、吸収効果A、蛍光励起効果Fを表し、それぞれ特性X線強度に変化を与え、標準試料との相対強度比にずれをもたらす要素です。これらの要素について分析条件ごとに係数を求めて補正するのがZAF補正計算法であり、現在では、これらの計算も自動化されています。
 更に簡便な方法として、標準試料を用いない半定量分析もありますが、この場合には高い分析精度は期待できません。ただし、元素組成比の目安程度には利用可能ですし、定性分析結果から組成比を求められることから、目的によっては便利に活用できます。

5.EPMAによる分析例
 鳥取大学工学部機械工学科が所有するEPMA(日本電子?JXA-8900)(図2)を利用した分析の例を示します。分析にはWDSを使用しました。
5.1 ステンレス鋼の定性分析結果

 図6はある種のステンレス鋼を定性分析して得られたX線スペクトルです。この図では横軸にエネルギー(eV)、縦軸はX線強度が示してあり、測定したX線エネルギーの範囲は0.15keV〜13.2keVです。
 ステンレス鋼を構成している様々な元素の特性X線が見られており、コンピュータが同定した8種類の元素記号が表示されています。この分析領域は約100μm×100μmです。
5.2 ステンレス鋼の半定量分析結果
 5.1の定性分析結果を基にして、半定量分析した結果が表2です。半定量分析では標準試料を用いないために分析精度は保証されませんが、この測定では試料の組成として示されている値(表3)と、一部の元素を除いてほぼ一致していました。
5.3 ステンレス鋼のカラーマップ
 表2の結果をもとに、試料の同一面内に鉄(Fe),クロム(Cr),ニッケル(Ni),アルミニウム(Al)がどのように分布しているのかを測定した結果が図7です。
 この測定をカラーマップと呼んでおり、指定した面内に於いて各元素の濃度が色相及び濃淡で表されています。この図からステンレス鋼を構成する元素の分布が一様ではなく、各元素ごとに特徴的な分布をしていることが分かります。さらにクロム(Cr)とニッケル(Ni)に注目してみると、それぞれの濃度が相補的に分布している様子が見て取れます。
5.4 スチール缶断面分析
 図8は塗装されたスチール缶断面のSEM写真です。写真中の四角で囲まれた部分とほぼ同じ領域を面分析したものが図9ですが、この図は図8に対して時計方向に90度回転させてSEM写真と方向を合わせています。
 ここではデータを示しませんでしたが、図9に示す面分析を行った元素は、予め定性分析によって検出されたものです。この図ではスチール缶の主成分である鉄(Fe)の両面に塗料の主成分である炭素(C)が見られ、さらに片面の塗料にはチタン(Ti)が分布していることが分かります。このチタン(Ti)の起源は白色塗料に混入された二酸化チタン(TiO2)であろうと思われます。
 尚、図9には銅も示されていますが、これはスチール缶の研磨のために使用した真鍮製のブロック部分が表示されたものです。

6.おわりに
 EPMAは固体で真空に耐える試料ならば、比較的手軽に分析可能であり、同時にSEM観察やその写真撮影も可能です。未知の僅かな物質が何であるかを調べたり、各元素の組成比を求めたりするのには非常に有益な分析装置といえるでしょう。
 定性分析においては注意深く行えば、概ね1%以内の誤差範囲で構成元素の定量を行うことも可能です。しかし、試料に含まれる微量元素の濃度比率や表面状態等によっては、数%以上の誤差を生じる恐れもあります。分析に当たっては、測定原理や装置の仕組み、元素の特性や試料の状態等を考慮しなが操作する必要があります。
 EDSによる分析結果など、詳しく紹介できなかった部分も多いですし、図面等も不十分な点がありますがEPMAの概要について紹介しました。

7.参考文献
 1.平林真,岩崎博共訳 X線結晶学の基礎 丸善(株)
 2.日本表面科学会編 電子プローブ・マイクロアナライザー 丸善(株)
 3.EPMA分析研修資料 日本電子データム(株)

KASADA 2002.10